ドクン、と。
一際大きく跳ね上がった鼓動に合わせて、俺の全身が脈打つ。「~~~~~~ッ! ……っ……ッッ――」
体の奥底まで強張って、声が出ないまま息だけで叫んでしまう。
今まで味わったどの快感よりも、強くて、深くて、消えない。その言葉を聞いただけで、こんなに感じ方が違うなんて……。
自分の変化に戸惑うばかりの俺を、ケイロがさらに変えようとしてくる。「すごいな、太智の体は……正直過ぎて可愛いな。そういうところも好きだ……ああ、まただ。ずっと言って欲しかったのか?」
「ち、ちが……ッ、あァ……っ、ァ……んン……ッ……」
「もう強がるな。お前も俺と同じ気持ちなのだろ? ……言え。体だけじゃなく、お前の声で聞きたい」
コイツ、俺を本気で落としにかかってる。
本当は恋人とか夫婦とかになるために、相手を口説くなり気持ちを伝えるなりして落とすんじゃねーのか? 一体どこまで俺たちの関係は順番がおかしいんだよ?
心なんかほったらかしで夫婦になったっていうのに。
今さら心まで引っ張ってきて、本当になろうとすんなよ。離れられないなら突き進むしかない、っていうのは分かってるけど。
この関係の行き着く先が、どう足掻いても遅かれ早かれ本当に辿り着いちまうっていうのも分かっているけれど。……言っていいんだな? お前は後悔しないんだな?
俺がこのままお前の人生に絡みっぱなしで、周りからうるさくあれこれ言われて、面倒で厄介な思いをし続けることになっても構わないんだな?
良いんだな? 知らないからな!?
俺と本当に根っからの夫婦になって、良いことなんかないのに――。「……き
◇◇◇球技大会の翌日は土曜日で、学校は休みだった。ただでさえ決勝まで全力を出し尽くした上、休みを見越してケイロに抱き潰されたせいで、俺は全身筋肉痛。まともに外出なんかできるハズもなく、自室のベッドに横たわるばかりだった。「日頃、部活動とやらで運動している割にはか弱いな」俺の部屋を自由に出入りできるケイロが、ベッドの縁に座ってニヤけながら人を覗き込んでくる。コイツのほうが試合と長時間の行為で体に負担はかかっているのに、筋肉痛どころか疲れを残していない。顔良し、頭良し、運動神経も抜群で恐ろしいまでの体力バカの絶倫。ここに思いやりと加減ができるっていう要素が加われば完璧なのに……。心の中でないものねだりをしつつ、俺は力なくケイロを睨む。「お前みたいな超人が普通だと思うなよ……うう……喋るだけで微妙に体痛ぇ……」「今日と明日、大人しくしていれば問題ないだろ。早く回復してもらわんと、お前を俺の暇つぶしに付き合わせられない」まさか回復した途端に、また昨日みたいに抱き潰す気かよ!?今までのケイロだったら、多分そんな意味で言ってたと思う。だけどからかい半分の笑いを浮かべていたケイロの眼差しが、ふわりと優しくなった。「俺はこの世界をまだよく知らない。用さえ済めばいい、としか思っていなかったが、お前が生きてきた世界だから興味が出てきた……さっさと元気になれ。共に行きたい所が山ほどある」お、お前……俺相手に、そんな心底惚れて愛しくてたまらないって目をするな。恥ずかしいだろ……っ。ボフッ。耐え切れなくなって俺は顔を引っ込め、布団に潜り込んでケイロの視線から逃げる。でもケイロはすぐに布団をめくって、俺の頬にキスしてきた。うっかり体がビクンッと跳ねて、全身に痛みと甘い痺れが走った。
『大丈夫。昨日、ケガとかなかった?』『ケガはないけれど、今スゲー筋肉痛。ケイロに無理された』『大変だよね……だって逆らったら何もしてくれなくなって、自爆しちゃうもんね』悠も俺と同じような状態なのに、その中身はきっと雲泥の差がある。好きな相手でも延々と抱かれ続けるの大変なのに、そうじゃない相手だったら苦痛でしかないよな。今までの苦しみを想像して、俺はスマホを見つめながら顔をしかめる。そして悠を巻き込んだヤツに怒りを覚えながら、新たなメッセージを送った。『どうしてマイラットってヤツと悠が結婚することになったんだ?』『マイラット……そっか、あの人の本名、そんな名前なんだ』『え? 知らないのか?』『教えてくれないんだ。仮初めの結婚だから、いつか別れることになる者の名前など知らなくてもいいって』『やけにドライなヤツだな』『少し頭が硬い人なんだよ。いつもは彼の宿主になっている人の名前で呼んでる』『宿主って誰だ?』『それは言えない。分かったら王子に教えるんだろ?』『うん。悪いけど……』『王子に知られたら、彼も、宿主も殺される。ごめん、それだけは嫌なんだ』悠のメッセージにドキリとする。ケイロたちは裏切り者は許さないと言っているし、マイラットがこっちの人間に同化したことも説明は受けた。裏切り者を捕らえた後のことを考えていなかったから、その末路を聞いて今さら背筋がゾッとした。『ケイロたちは百彩の輝石っていうのを取り戻しに来たんだ』『やっぱりそうなんだ』『だからそれを返したら、殺されるのは避けられるかもしれないぞ?』『どうだろう……その石がないと同化ができないって言ってたから、返せないと思う。同化していないと宿主が死んじゃうから』『ええ!?』『元は瀕死だったその人へ彼が乗り移ったんだ。僕はそ
高三の五月という中途半端な時期だった。 それまでの俺は見た目通りの中肉中背平凡男子学生で、特に大きなトラブルもなく、若干悪ノリ気味で平和に生きてきた。だけど連休最終日の昼下がり、俺ん家の隣に非凡の固まりが引っ越してきた。◇◇◇「突然申し訳ありません。このたび隣に引っ越して参りました百谷芦太郎〈ももやあしたろう〉と申します」挨拶に来たのは、映画から抜け出てきたような美青年二人と美少年。 俺ん家の玄関が春のイケメン祭りになった。開口一番に深々と頭を下げたのは 艶やかな黒髪のオールバックの男性。 凛々しく端正な顔立ち。「よろしくお願いします」と耳障りのいい低い声。気のせいか背後にキラキラエフェクトが見えてきた。俺の隣で、母さんから「熟女キラーね」という呟きが聞こえてくる。 熟女だけじゃなく、ちっちゃい女の子からおばーちゃんまで喜ぶと思う。しかも俺が通う高校の数学教諭として赴任するらしかった。これだけでも明日から学校が騒がしくなる予感でいっぱいなのに、「初めまして、私は百谷宗三郎〈ももやそうざぶろう〉。兄の芦太郎と同じ高校に産休の養護教諭の代理で来ました。何かありましたら、いつでも頼って下さいね」眼鏡をかけたにこやかな兄ちゃんで、焦げ茶のウネウネ髪。 保健室の先生よりもホストのほうが似合いそうな、優男系イケメン。保健室が女子の溜まり場になる未来が見えてくる。こんな先生が二人も赴任するなんて、間違いなく学校がお祭りモードに突入するはず。そしてトドメは――。「……」「……こら、挨拶しなさい」「……百谷圭次郎〈ももやけいじろう〉だ」芦太郎さんに促されて、兄二人の後ろで隠れるように立っていたヤツがボソッと言った。鋭い目つきに不満そうに顔をしかめたままの、長い茶髪を後ろで束ねた少年。この短いやり取りだけで確信してしまった。まともに挨拶もできないコイツは厄介で嫌なヤツだと。手足は長いし、俺よりも背丈がある。めちゃくちゃ羨ましい。しかも兄二人のイケメンっぷりが霞むくらいの美人顔。鼻の高さやら彫りの深さやらが日本人離れしていて、モデルじゃないと言われたほうが嘘だと叫びたくなるレベルだ。絶対に学校来たら全学年がざわつく。女子だけじゃなく、男子も落ち着かなくなる。そんな確信をしていると、俺の腕を母ちゃんが肘でつついてくる。 このまま挨拶しな
◇◇◇俺の予想通り、百谷三兄弟の登場で学校は大騒ぎになった。凛々しく大人な数学教諭の芦太郎さん。 柔らか物腰の優男な養護教諭の宗三郎さん。 天然クール系イケメン王子っぷりな圭次郎。学生や先生たちは分かるけれど、スマホで取られた画像が他校の生徒や保護者まで拡散されて、昼休みには学校の周りに人だかりができていた。でも不思議なことに、翌日からは平穏な学校に戻っていて、普通に過ごすことができた。まるで何もなかったかのような平穏。 百谷三兄弟はそれぞれの場所で、俺の高校にすんなりと馴染んだ。芸能人やモデル以上のイケメン三人なのに。 この溶け込みっぷりは異常だった。誰もキャーキャー騒がなくなるなんて、どんな魔法を使ったんだ? と首を傾げるばかりだった。まあ俺はすぐにこの日常を受け入れた。 圭次郎の座席は俺の隣で、全方位に塩対応の扱いづらい残念イケメンで面白くなかったけれど、数日したら慣れた。美人は三日で慣れるとはよく言ったもんだ。◇◇◇そして百谷三兄弟が隣に引っ越してきて、二週間ほど経った頃の夜。「ん? なんだ?」俺は自室で中間テストに向けて勉強している最中だった。 ふと窓の外が光った気がして目を向けてみると――ぼんやりとした青白い光が、隣の庭から零れていた。「おっ、バーベキューでもしてるのか? でも、アイツが家族団らんでバーベキューってガラか? 似合わねぇ」学校で同じクラスになった圭次郎を思い出し、俺は頬を引きつらせる。アイツは高校に行きたくなかったのか、転向初日からムスッとしたまま誰とも馴れ合わず、未だに孤独を貫いている。女の子相手でも愛想ゼロ。「用もないのに話しかけるな」と塩対応で、クラスの女子たちの心をへし折ってしまい、今では誰もが腫れ物扱いをして近づかない。そんなヤツが、兄弟で仲良くバーベキュー? ってか、今は夜の十時だ。こんな時間に住宅街でバーベキューは非常識だよな。じゃあ何やってんだ?さすがに気になって、俺は棚に置いてあった小さな双眼鏡を手にすると、隣の庭を見てみる。 覗きは良くないよなあとは思ったが、気になってしょうがないし、変なことしてたら困るから、ちょっと覗くぐらい良いよな? と自分を納得させた。木々の隙間を縫って隣の庭を覗いてみれば――百谷兄弟が三人揃っているのが見えた。三人とも来ている服が、分厚い生地
◇◇◇百谷三兄弟の秘密を知る前と後で、俺の世界は変わってしまった。つい昨日までは、一番後ろの窓側の席が圭次郎で、その隣が俺という配置にげんなりしていた。だって圭次郎のヤツ、ずーっと不機嫌そうな顔してるし、たまにこっちを睨んでくるし。声かけても無視か「……かまうな」だし。ツンデレは嫌いじゃないけど、ツンのみは胸にグサッとくる。あと悪態つかれたり嫌がらせされたりはないけど、漂ってくる妙な圧がすごい。息苦しくてたまらなかった。でも今日は違う。圭次郎を俺の隣にしてくれたありがとう! と神社の賽銭箱に貯めてあるお年玉を全額入れて、神様に感謝したいくらいだった。◇◇◇授業中、先生の話を聞き流しながら視界の横で圭次郎を見る。さっそく不思議発見。圭次郎のヤツ、授業ガン無視でうつむいて、机の上でピアノを弾くように指をパタパタしていやがる。極めつけは、「……汝……深淵の闇……我に従え――」あまりに小さい声で全部は聞き取れないけど、なんか中二病全開なこと言ってる。席が隣だからこそ分かる呟き。これが圭次郎の前の席だと、耳をすませば声は聞こえるかもしれない。でも、表情とか動作は見えないから、今の席がベストポジションだ!ああ、ワクワクする。圭次郎ウォッチング楽しい。どうも王子様コスをしていなくてもキャラになり切っているらしい。何かが降りてるな……動きは静かでも、声や表情に深みがある。これで劇でもやれば拍手喝采のスタンディングオベーション待ったなしだ。しかも、「……使えんな……もう一度探せ……所詮は下級の精霊か――」見えない何かに話しかけてる時もある。え、セリフの練習してんのかよ?きれいな顔に似合わない低い声出して、お前、王子キャラは王子キャラでも、魔界の王子様設定だったりするの? 妙に迫力あるし、板についてる……どれだけ練習してきたんだよ?! 上手いって、マジで。転校前の学校でもこんな感じで毎日ブツブツと練習してきたのかと思うと、スゲーなあと心から感心してしまう。衣装に袖を通せば身も心も完璧に王子そのもの。その格好でこの見事なまでのなり切りを披露する姿を想像したら、あまりのガチぶりに妙な感動を覚えてしまう。うわー、間近で迫真の寸劇を通して見てみたい!双眼鏡で覗くだけじゃあもう足りない。庭での夜練習の時に、近づいて覗いてみよう。圭次郎でこれなん
◇◇◇「太智ー、ご飯食べよー」昼休み時間になり、クラスメートで幼馴染の友人である古角悠〈こかどゆう〉が俺の所へやって来る。俺よりやや小柄な、真面目を絵に描いたようなヤツ。 ワシャワシャ撫ででも形が崩れない、悠の形状記憶サラサラ頭髪が今日も艶を放っている。寝癖が付きやすい俺には羨ましい。俺の前にある席を借りて机をくっつけると、いつもにこやかで優しい性格の悠は、隣の常時不愛想人間の圭次郎を無視せずに声をかけた。「百谷君も一緒にどう?」実は転向初日から悠は声をかけ続けている。でも圭次郎からの答えは毎度同じで、「……遠慮する」と露骨に嫌そうな顔をして席を立ち、教室から出て行ってしまうのがパターン化していた。今までは、めげない悠がすごいなと感心しつつ、放っておけばいいのに……と俺は何も言わずにいた。でも間近で圭次郎ウォッチングをしたくて、俺は口を開いた。「そう言わずに、一緒にどうだ? まさかひとりで便所で飯するのが好みか?」「は? そんな訳がない――」「じゃあ兄ちゃん先生たちと一緒に食べないとイヤってことか? 実は案外とお兄ちゃん大好きっ子?」「あ、あり得ない! 分かった、そこまで言うなら一緒に食べてやろう。光栄に思え!」まともに俺から口を聞いたのはこれが初めて。やはり王子様キャラが体の芯まで染みついているようで偉そうだ。根っからの王子か……期待を裏切らないヤツ。ガンッ!自分の机を俺たちの机に強くぶつけながらひっつけると、圭次郎は不本意そうに通学カバンから弁当を取り出す。――イチゴ柄の袋……カワイイな。 うおっ、弁当箱ちっさ! ピンクでカワイイでやんの。ネコのファンシーキャラが何匹もいやがる。本人、どう見たってヒョウとかピューマとか、孤高の肉食ネコ科なんだが……。え、中身は……ああっ、これ幼児に大人気のこしあんまんマンのキャラ弁?! ギャップすげぇ!しかも圭次郎、恥ずかしがる気配一切なし。堂々と、これが王族の食事ですと信じて疑わないような態度。大物だコイツ……と内心俺は困惑する。悠も驚いて目を剥いていたが、俺と違ってこういうことを完全スルーできるような性格じゃない。キャラ弁と圭次郎を交互に見ながら、悠はおずおずと尋ねてきた。「え、えっと、百谷君の家に、小さいきょうだいがいるの?」「別に。家の中では俺が最年少だが?」「そう、
◇◇◇一緒に昼メシを食べるようになってから、ほんの少しだけ圭次郎の態度が丸くなった。「よっ、おはよう圭次郎」今までは朝に家から出るタイミングが被って、無視するのも気分が悪くて挨拶しても、完全スルーされていた。でも今は、「……はよ」小声で聞こえにくいけど、ちゃんと挨拶してくれるようになった。しかもそれだけじゃない。圭次郎から俺の隣に並んで、そのまま学校まで行くようになった。なんて進歩だ!圭次郎からはほぼ話しかけず、無言に耐えかねて俺が話題を振ったら、ちょっとだけ話す程度。他のヤツな、こんな扱いづらいヤツと一緒にいるなんて苦痛でしかない。 けれど、コイツを観察することが今一番アツくて面白い俺にとっては、楽しみでしかなかった。◇◇◇学校でもブレない王子様キャラに、授業中の中二病全開の独り言。そして夜になれば何度も庭をぼんやりと光らせた中、百谷兄弟勢ぞろいで見事なコスプレをしながら寸劇の練習――朝から晩まで愉快なネタが尽きない。まさか平凡に生きてきた俺が、こんな刺激に満ちた日々に恵まれるなんて。 人生って面白い! なんて変にテンションが上がりすぎている自覚はある。ちょっと落ち着かないとなあ、とは思う。でも好奇心を百谷兄弟に煽られまくった自分を、止めることなんてできなかった。つい夜の庭に近づいて、庭を取り囲むように植えられた木の茂みに顔を突っ込み、百谷兄弟の寸劇に聞き耳を立てる。ストーカーになりつつあるよなあ……と自分にドン引きしながら、この一回だけ! と言い訳して聞いていたら、「なぜまだ見つからぬ?! ひとつの国をすべて探す訳でもないというのに!」苛立たしげに声を荒げる圭次郎に、芦太郎先生と宗三郎先生が跪いていた。 「申し訳ありません! こんなにも情報が得られないとは……誤算でした」悔しげに唸りながら、芦太郎先生が地面を叩く。 それに対して宗三郎先生はおとなしいけれど、長い溜め息から申し訳無さが溢れ出ていた。「小まめに校内と周辺を探索して、手は尽くしているのですが……」すごい……三人とも迫真の演技だ。 会話を途中から聞いているから、内容はよく分からない。でも緊迫した様子は伝わってきて、思わず俺は手の汗を握って聞き入ってしまう。そして、「まあ俺の精霊も見つけられずに嘆いているほどだからな。それだけアイツは厄介だ。これからも
◇◇◇中間テストが終わって散々な結果でも、俺は気を張っていたらしい。母さんから次回のテストで点数が上がるまで小遣いカット宣言されて、それはもうガッカリした日の翌日――。「……え……今、何時……? はぁぁぁぁ?!」ささやかながらのテスト勉強に加えて、連日お隣さんのファンタジーコスプレ寸劇鑑賞をしていたせいで寝不足続き。疲労が積み重なっていたのは自覚してたけど……昼の十時かよ! 大遅刻確定じゃねーかっ!慌ててベッドから飛び起きて制服に着替えてリビングへ向かうと、テーブルの上に弁当とバナナ、そしてメモが置かれていた。『しっかり行って、怒られて来なさい 母より』うう……高校に入ってから、母さんに宣言されたことがある。 義務教育終わったんだし、自分のケツは自分で拭けるようになってね、という愛のムチ。だから高校生になった以降は、朝に起こしてくれなくなった。ガミガミ怒るタイプじゃないけれど、結構シビアな愛のムチは効きまくる。俺は急いでバナナを食べると、弁当をカバンに入れて家を飛び出した。どうにか三限目の終わりぐらいには滑り込めそうか? でも授業中に駆け込んで注目されたくないから、休み時間になるまで待ってたほうがいいか?考えながら走り続ければ、授業中で静まり切った学校へ到着する。 靴を履き替え、乱れた息を整えている最中――。「――くな……待て! ――……逃げるのだけは――」玄関からすぐにある階段あたりから、人の声と、強く踏み込んだり走ったりする足音が聞こえてくる。声は、たぶん圭次郎。 授業中なのに何やってんだ? まさか教室を抜け出して寸劇の練習?足を忍ばせて曲がり角まで移動し、俺は少しだけ顔を覗かせて様子を探る。てっきり圭次郎だけだと思っていたらそうじゃなくて、思わず俺の目が点になった。階段の下に立ち、圭次郎は険しい顔で見上げていた。 その視線を追っていくと――階段の踊り場に立つ、全身黒タイツの男。顔まで黒いマスクで覆い尽くしてやがる。
『大丈夫。昨日、ケガとかなかった?』『ケガはないけれど、今スゲー筋肉痛。ケイロに無理された』『大変だよね……だって逆らったら何もしてくれなくなって、自爆しちゃうもんね』悠も俺と同じような状態なのに、その中身はきっと雲泥の差がある。好きな相手でも延々と抱かれ続けるの大変なのに、そうじゃない相手だったら苦痛でしかないよな。今までの苦しみを想像して、俺はスマホを見つめながら顔をしかめる。そして悠を巻き込んだヤツに怒りを覚えながら、新たなメッセージを送った。『どうしてマイラットってヤツと悠が結婚することになったんだ?』『マイラット……そっか、あの人の本名、そんな名前なんだ』『え? 知らないのか?』『教えてくれないんだ。仮初めの結婚だから、いつか別れることになる者の名前など知らなくてもいいって』『やけにドライなヤツだな』『少し頭が硬い人なんだよ。いつもは彼の宿主になっている人の名前で呼んでる』『宿主って誰だ?』『それは言えない。分かったら王子に教えるんだろ?』『うん。悪いけど……』『王子に知られたら、彼も、宿主も殺される。ごめん、それだけは嫌なんだ』悠のメッセージにドキリとする。ケイロたちは裏切り者は許さないと言っているし、マイラットがこっちの人間に同化したことも説明は受けた。裏切り者を捕らえた後のことを考えていなかったから、その末路を聞いて今さら背筋がゾッとした。『ケイロたちは百彩の輝石っていうのを取り戻しに来たんだ』『やっぱりそうなんだ』『だからそれを返したら、殺されるのは避けられるかもしれないぞ?』『どうだろう……その石がないと同化ができないって言ってたから、返せないと思う。同化していないと宿主が死んじゃうから』『ええ!?』『元は瀕死だったその人へ彼が乗り移ったんだ。僕はそ
◇◇◇球技大会の翌日は土曜日で、学校は休みだった。ただでさえ決勝まで全力を出し尽くした上、休みを見越してケイロに抱き潰されたせいで、俺は全身筋肉痛。まともに外出なんかできるハズもなく、自室のベッドに横たわるばかりだった。「日頃、部活動とやらで運動している割にはか弱いな」俺の部屋を自由に出入りできるケイロが、ベッドの縁に座ってニヤけながら人を覗き込んでくる。コイツのほうが試合と長時間の行為で体に負担はかかっているのに、筋肉痛どころか疲れを残していない。顔良し、頭良し、運動神経も抜群で恐ろしいまでの体力バカの絶倫。ここに思いやりと加減ができるっていう要素が加われば完璧なのに……。心の中でないものねだりをしつつ、俺は力なくケイロを睨む。「お前みたいな超人が普通だと思うなよ……うう……喋るだけで微妙に体痛ぇ……」「今日と明日、大人しくしていれば問題ないだろ。早く回復してもらわんと、お前を俺の暇つぶしに付き合わせられない」まさか回復した途端に、また昨日みたいに抱き潰す気かよ!?今までのケイロだったら、多分そんな意味で言ってたと思う。だけどからかい半分の笑いを浮かべていたケイロの眼差しが、ふわりと優しくなった。「俺はこの世界をまだよく知らない。用さえ済めばいい、としか思っていなかったが、お前が生きてきた世界だから興味が出てきた……さっさと元気になれ。共に行きたい所が山ほどある」お、お前……俺相手に、そんな心底惚れて愛しくてたまらないって目をするな。恥ずかしいだろ……っ。ボフッ。耐え切れなくなって俺は顔を引っ込め、布団に潜り込んでケイロの視線から逃げる。でもケイロはすぐに布団をめくって、俺の頬にキスしてきた。うっかり体がビクンッと跳ねて、全身に痛みと甘い痺れが走った。
ドクン、と。一際大きく跳ね上がった鼓動に合わせて、俺の全身が脈打つ。「~~~~~~ッ! ……っ……ッッ――」体の奥底まで強張って、声が出ないまま息だけで叫んでしまう。今まで味わったどの快感よりも、強くて、深くて、消えない。その言葉を聞いただけで、こんなに感じ方が違うなんて……。自分の変化に戸惑うばかりの俺を、ケイロがさらに変えようとしてくる。「すごいな、太智の体は……正直過ぎて可愛いな。そういうところも好きだ……ああ、まただ。ずっと言って欲しかったのか?」「ち、ちが……ッ、あァ……っ、ァ……んン……ッ……」「もう強がるな。お前も俺と同じ気持ちなのだろ? ……言え。体だけじゃなく、お前の声で聞きたい」コイツ、俺を本気で落としにかかってる。本当は恋人とか夫婦とかになるために、相手を口説くなり気持ちを伝えるなりして落とすんじゃねーのか? 一体どこまで俺たちの関係は順番がおかしいんだよ?心なんかほったらかしで夫婦になったっていうのに。今さら心まで引っ張ってきて、本当になろうとすんなよ。離れられないなら突き進むしかない、っていうのは分かってるけど。この関係の行き着く先が、どう足掻いても遅かれ早かれ本当に辿り着いちまうっていうのも分かっているけれど。……言っていいんだな? お前は後悔しないんだな?俺がこのままお前の人生に絡みっぱなしで、周りからうるさくあれこれ言われて、面倒で厄介な思いをし続けることになっても構わないんだな?良いんだな? 知らないからな!?俺と本当に根っからの夫婦になって、良いことなんかないのに――。「……き
◇◇◇球技大会を無事に終えた夜。こうなることは予想していた――けども、その内容の濃さまでは想定していなかった。「――……アッ、まて……っ、ケイ、ロ……はげし……ぁぁ……ッ」絶え間なく奥を抉られながら、俺は息も絶え絶えに喘ぎ、ケイロに啼かされ続ける。うん、お前の体力が底なしで、絶倫だっていうのは分かってた。分かってるつもりだった。でもここまでとは思わねぇよ!だって球技大会で決勝まで勝ち上がって、戦闘しながら優勝したんだぞ? いつも以上に身も心も疲れ果てて、エッチどころじゃないはずなんだけど。……お前、もう何回目だ?俺をイカしまくって、中に出しまくって、まだ終わらないって。まさか今まで手加減してたのか? むしろこれがケイロの普通なのか?しかも魔法で回復してくるからエグい。俺が果ててヘトヘトになっても回復させられて、元気に喘がされる。ベッドのシーツを掴む指は力入りまくり。中でイく時の快感も鈍くならず、鮮やかなまま。こんなの、体は魔法で回復しても、頭ん中がグズグズに壊れる。……いや。もうとっくに壊されていて、こうなる準備を済まされていたんだ。メチャクチャにされてるって分かってるのに、強く抵抗できない。体はケイロに何をされても悦んでしまうし、何が何でもやめろと拒めない。喘ぎながらの申し訳程度の待ってしか言えない。それすらも腰は揺れてケイロを煽るし、中はずっと締め付けてケイロを離さない。ああ、認めたくない。体も心もコイツの激しさに応えたがっているなんて――。「これで……激しい? まだだ。足りない……っ」甘く喘ぐばかりの俺の脚を高く持ち上げて、ケイロはさらに深く繋がって腰を揺らす。「&hell
シュウゥゥゥ……。 火の球パス練習の時と同じように、ケイロの手がボールを捕った刹那に炎の柱は消え、白煙が吹き出す。そして何事もなかったのようにドリブルを始めた。「その調子だ太智! もっと遠慮せず俺にぶつけてこい!」周囲には真意が分からない、俺たちだけで通じる内容。 ……どんどんやれってか。ボール取り損ねたら大ケガするっていうのに……あと名前呼びになってんぞ。こんな大勢いる中で……ったく。まあ今までの試合を観てるヤツなら、別におかしく思わないか。 自画自賛だけど、戦闘を抜きに考えても俺らの息ピッタリだし。試合の中で友情が芽生えたっておかしくないもんな。 ……本当は夫婦なんだけど。試合中盤から、俺たちの間だけで作戦が変わった。「行くぞ、百谷ぁ――っ!」声をかけながら、強く念じて炎の柱をバンバン出しまくりながらケイロにパスを出す。心は抑えない。テンション上げまくって、試合の攻防の高揚感も利用して、超強火な魔法を連発した。ケイロは涼しい顔して俺の火力増し増しパスを、うまく手元で鎮火して新たに手頃な火を灯す。こうしていけば一気に魔物を払うことができるから、俺たちは積極的にボールを取りに行った。さらに小まめなパスを増やして、次々と魔物を一掃していく。 パスカットでボールに指先が触れる際も呪文を小さく素早く唱えて、ファウルボールすらコート外の控え魔物たちへの攻撃に変えた。終盤になるとケイロだけじゃなく、俺のプレイでも歓声が上がるようになる。どうもボールを奪いに行く俺の気迫と執念が、観客に受けているらしい。 そりゃあ必死だからな。俺が脅威と認定されたっぽく、魔物たちは積極的に俺にも攻撃するようになったし。がむしゃらにボール持って、炎で攻撃しまくって、試合運びなんてもう考えられない状態になってた。そして――ピィィィィッ! ゲーム終了の笛が鳴る。 我に返って周囲を見渡せば、いつの間にか魔物たちの姿は消えていた。「ハァ、ハァ……あ、得点は?」乱れ
俺とケイロは頻繁にパスを回し、ゴールに近づきながら魔物たちに当てていく。バシュッ、バシュッ、と火の玉ボールが黒い靄の魔物たちを貫通すると、そのまま蒸発するように消えていく。中庭で襲われた時よりもあっけない気がする。もしかすると質より量で攻めてきたのかもしれない。それに俺がボールを持つと、魔物たちは一様に様子見に回るが、ケイロにボールが渡った途端に魔物たちの動きが活発化した。体当たりや引っ掻き攻撃を仕掛けたり、龍は上から青い炎の息を吐き出してくる。こんな総攻撃を仕掛けられら、一般男子の俺なら直撃必至だ。だけどケイロはそれを敵チームのパスカットを避ける体でドリブルしながらかわし、時にはジャンプして上手くよけていた。傍から見れば、ケイロが鮮やかな神プレイ連発。華麗にドリブルシュートをケイロが決めた瞬間、わぁぁぁ……っ、と館内が歓声で揺れた。「ナイス、百谷!」「やっぱり坂宮が入ると百谷の動きが違うな。伸び伸びしてる」チームメイトの声を聞いて、心の中で俺は苦笑する。そりゃあ俺とパスの応酬できたら、黒いモヤモヤに攻撃しまくれるもんな。実質、攻撃の回数が倍増するようなもんだ。ボールを持っていない時は魔法のみで攻撃できるけど、試合しながらだから集中できない。身の安全を考えれば試合どころじゃないし、本来なら試合を抜け出して、別の場所で戦闘したいところだろう。そうすれば本気の力でやれるから戦いやすいだろうが、ケイロが抜ければ試合は確実に負ける。王子という何かあってはいけない立場。しかも異世界の学校の球技大会なんて、どう考えても優先順位は最底辺になるだろうに、それでも試合は捨てない――。一度欲しいと思ったものは絶対に狙い続ける性格。頭良いのにアホだ。そんなケイロの欲張りな一面に付き合う俺自身も、同様にアホだと思うしかなかった。ケイロがボールを持っている間は、火を常時つけていた。ドリブルついでに魔物に当てて倒し、敵チームに迫られたら俺へパスを出し、ちょっとボールをキープしてから
◇◇◇体育館へ駆け付けて館内を目の当たりにした瞬間、俺は口をあんぐりと開けて立ち尽くしてしまった。大勢の生徒が集まり、騒ぎながらバスケの試合を観戦する中。中央で試合をする生徒たちに混じり、黒い靄で作られた獣っぽいものが何匹も徘徊し、ケイロを狙っていた。前に襲ってきた狼っぽいヤツ。鳥や鹿、水牛や虎、ヒグマみたいなものも見える。上のほうでは竜っぽいものまで飛んでいやがる。バスケをしながらケイロは魔法で攻撃するけれど、すぐに別のヤツがやってくる。……あっ! 応援する生徒たちと一緒に、他の色々な形のヤツらが控えて、様子をうかがってるじゃねーか!暗黒の怪獣大戦争状態。もしくは昼下がりの百鬼夜行。こんな中で孤軍奮闘なんて、普通の神経なら心が折れている。俺なら絶対に降参して逃げ出していると思う。「ケイロ……」思わず俺は名前を呟いていた。目の前のヤバいさで心臓がバクバク鳴って、見苦しく叫び出したい衝動に襲われる。でも今は落ち着いて現状を把握しないと……。深呼吸してから、俺は改めて周りを見渡す。あからさまに敵が集まっていても、この場ではケイロと俺しか分からないという現状。ソーアさんやアシュナムさんの姿を探すけれど見当たらない。同時に襲われて、ここに駆け付けられない状態だと察するしかなかった。ケイロは試合しながら器用に敵と戦っている。パスが回ってきてボールを取れば、ドリブルで敵を避けつつ火の玉パスで攻撃。両手が自由になれば防御のフリして、アクションゲームみたいに光球手の平から出して戦っていた。一匹一匹は大したことがないのだろうが、これだけの数を相手にしつつ試合をするというのはキツい。というか、まず無理だ。これを二人で相手にするのも厳しい。でも、一人よりは断然いい。俺は意を決して自チームの控えへ駆け出す。ちょうど試合は敵チームにゴ
◇◇◇保健室に行くと鍵は開いていたが、保険医であるソーアさんの姿はなかった。昼休みで他の先生方とご飯でも食べているんだろうと思いながら、俺は悠をベッドに寝かす。唸りながら横たわる姿が本当に苦しげで、俺も同じように顔をしかめてしまう。「大丈夫か? 今すぐ百谷先生探して、胃薬出してもらえるよう言ってくる――」「……ここにいて、太智。お願いだから……」悠が俺の手を掴んで引き止めてくる。調子が悪いと心細くなるものだし、そんな時に保健室でひとりというのは辛いものがある。でも待っていてもソーアさんがいつ戻るか分からないし、時間が無駄に過ぎていくだけだ。それに決勝の試合だってある。悠には悪いが、いつまでもここにはいられない。どうにか宥めて納得してもらおうと思っていると――ギュッ。悠の指先が深く俺の手に食い込んだ。「次の試合に出ちゃいけない……危険だから……」悠の言葉に俺は体を強張らせる。危険って……悠、まさか……。妙な動悸で頭がクラクラとしてくる俺を、悠は体を起こして必死な眼差しを向けてきた。「他のみんなは問題ないけれど、太智だけはあっちの世界のことに影響を受けちゃうから……」「……っ!」「絶対に行かないで。ここで僕の看病から離れられなかったことにして欲しい」間違いない。悠は異世界の関係者だ。引っかかっていた疑惑が確定してしまい、俺は激しく動揺しながら尋ねた。「あっちの世界って……悠、お前、どこまで知ってんだ? 危険ってどういうことだよ!?」「ごめん、詳しくは言えないんだ。僕に許されているのは、本来は無関係なのに巻き込まれた太智を守ることだけ」ケイロたちが前に言っていたことが頭の中を過る。俺と一緒
◇◇◇「すごいね二人とも! 決勝まで行っちゃうなんて」昼休みに一旦教室へ戻って昼食を摂っている最中、悠がホクホクとした笑顔で声を弾ませた。「いやー、百谷が本気出しちゃってさ。もう独壇場。コイツが点取り出したら誰も止められないぞ」言いながら、なんか旦那自慢しているような気がして背中がこそばゆい。でも事実は事実だし、貸した漫画さながらのプレー連発を湛えたくてたまらない。だってダンクだけじゃなくて、三点シュートも打てるし、ドリブルシュートも華麗に敵を抜いて決める。ディフェンスが手を伸ばして妨害してきても、軽く後ろに跳びながらシュートもいける。守りに回ればパスカットと相手ドリブルからボール奪取連発。もちろんゴール下のこぼれ球はハイジャンプでがっちりゲット。速攻で俺にボールをパスして、すぐさまダッシュで敵陣までケイロは移動したところで俺からパス。そのままシュートで得点追加。観衆の中には例のバスケ漫画を知っているヤツもいるようで、「あのシーンの再現じゃん!」と嬉々とした驚きの声も聞こえてきた。珍しく俺が表立って褒め称えていると、ケイロがあからさまに嬉しそうな笑顔と視線を向けてくる。「全部俺の手柄だと言いたいところだが、パスを上手く出したり、俺が望んだ位置に先回りしている女房役がいる。おかげで俺も身動きが取りやすかった。決勝もこの調子で頼む」……コイツの口から女房役なんて言葉を出されると心臓に悪い。まさかここぞとばかりに嫁自慢でもしてるのか?ケイロと目が合って、思わず俺は照れて視線を逸らす。二人だけしか分からない、甘い空気が薄っすらと漂ってこっ恥ずかしい。優勝したら、また褒美をくれてやるって散々抱いてくるんだろうなあ。ああクソっ。分かりたくないのに、ケイロの言動が手に取るように読めちまう。弁当を食べながら心の中で頭を抱えていると、「百谷、坂宮、大変だ!」バスケでチームを組んでいるクラスメートたちが、俺たちの元へ駆け付ける。やけに切羽詰まった顔をしていて、俺は首を傾